ADA(アメリカ糖尿病学会)に参加して

米国に留学中のつぼみの会会員 伊藤新先生から、6月に開催された第78回アメリカ糖尿病学会のリポートが届きました。

伊藤新先生のプロフィール
慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科、現在Division of Immunology, Allergy, and Rheumatology,
Department of Internal Medicine, University of Cincinnati College of Medicine に研究留学中)*1型糖尿病歴27年になりました


2018年6月22日から26日にかけて米国フロリダ州オーランドで行われました78th American Diabetes Association scientific meeting (通例ADAと呼ばれ、日本語では米国糖尿病学会と呼ばれます) に参加してきました。ヨーロッパ糖尿病学会(EASD)と並んで、全世界から参加者の集まる、規模の大きな学会です。本学会で扱われる1型糖尿病の話題は臨床系が中心で、私がシンシナティで研究している自己免疫の話などの基礎医学的なものは少しマイナーな扱いとなっており、臨床の話題を中心にたくさん見聞きしてきました。とても巨大な学会なので全部はカバーしきれませんでしたが、私が見てきた中で、1型糖尿病の治療に関することで、3つご紹介したいと思います。
※下記は全て2018年7月現在、日本で未承認のデバイスや治療方法の情報です。
①  インスリン療法に関する進歩 (スマホが時代の中心に)
②  CGMに関する進歩 (皮下に埋め込むCGMセンサーの登場)
③  1型糖尿病治療にインスリンに加えて、SGLT2阻害薬の内服を追加することは有用か

1. インスリン療法に関する進歩
現在、インスリンポンプで治療する際のボーラスウィザードのような機能を、ペン治療の患者さんにも使えるように、スマホのアプリで出来るようにと開発しているメーカーが沢山あります。アメリカでは(日本でも)ペンの治療の方もリアルタイムCGMを使用可能なので、CGMでセンサーグルコース値をチェックし、スマホで炭水化物量を入力するかあるいは食事の写真を撮って炭水化物量を算出させ、何単位打てばいいか推奨単位数が表示されるようにする、という時代が近い将来実現しそうです。また、クラウドと結びつけるので膨大な過去データから、その患者さんに合った単位数を推奨してくれるレベルを目指しているそうです。目の前の食事を全量食べることが前提となるため、どのくらい食べるか事前に予測できないお子さんには難しいかもしれませんが、恩恵を受けるお子さんも(もちろん大人も)たくさんいると思います。色々な会社が開発するとなると、アプリの使いやすさや、タンパク質や脂質を様々な割合で含んだ食事の場合の打ち方をどうお薦めしてくれるかで、商品の差別化がされるかもしれません。

2. CGMに関する進歩
現在使用可能なCGMやFGMはセンサーを皮膚に装着して、5-10日(MedtronicやDexcom社製センサー)や14日(フリースタイルリブレ)ごとに交換を要します。今回Eversenseが開発したCGMセンサーは皮下に埋め込む小さなCGMセンサー(写真1)で、90日毎に交換します(ヨーロッパでは180日毎で承認されています)。つい先日アメリカでは18歳以上の糖尿病患者さんへの使用がFDAにより認証されました。外来で医療従事者が患者さんの上腕の皮膚を5㎜から8㎜位ほどの小さく切開し、皮下組織にセンサーを埋め込ます。10分以内に終わります。切ったところはステリ―テープをしておしまいです(写真2.)。縫いません。埋め込み後5日間は浴槽につかること、水泳することは避ける必要がありますが、あとは通常通りに生活を送れるとのことです。埋め込んだ場所の真上の皮膚に着脱可能なトランスミッターをつけて、センサーグルコース値はスマートフォンにBluetoothにより送信され専用のアプリ上に表示させれます。血糖自己測定による較正は必要です。低血糖、高血糖のアラームは身体に装着したトランスミッターがぶるぶる振動することで知らせてくれます。90日後の再診でまた入れ替えます。メーカーの話によりますと、90日間精度もわりとよく保たれるとのことですが、現段階では上腕以外の皮下に埋め込んだ際のセンサーグルコース値の信頼性は未検討、とのことでした。このCGMを使用してトライアスロンを完走した、というドイツ出身の男性のお話も紹介され、とても満足しているとのことでした。90日間は全然交換手技が要らないことがとても魅力的ですが、小さいながらも腕に切開を入れて、マイクロチップみたいなセンサーをいれるというのは、どうなんだろうかと考えさせられる製品であるようにも思いました。Eversense社のホームページ(https://www.eversensediabetes.com/ 英語です)に装着した患者さんの感想を含めて詳しく紹介されています。現在ヨーロッパでは180日持つセンサー(Eversense XLと言うようです)が承認されています。

写真は、皮下に埋め込むセンサーと埋め込んだ後(真ん中の横線が傷です)

*Eversense社のホームページより

3. 1型糖尿病のインスリン治療に加えて、SGLT2阻害薬の内服を使用することは有用か
ヒトの血液内のブドウ糖は腎臓を通る際に一度原尿中に排出され、近位尿細管の細胞にあるSGLT2という受容体から99.9%が原尿から再吸収されます。高血糖の際には尿に糖が過剰に排出されため、再吸収が追い付かなくなって尿糖が出るわけです。2型糖尿病の内服薬として最も新しい種類であるSGLT2阻害薬は、このSGLT2受容体をふさぐことで、ブドウ糖の再吸収を抑えることで血糖値を下げるという種類です。2型糖尿病患者さんの大血管障害を予防できることが臨床試験で発表され、とても注目されている内服薬です。日本の2型糖尿病患者さんにもよく使用されています。インスリンが血糖値を下げるというメカニズムに関係なく、血糖を低下させるという効き方をする薬剤なので、1型糖尿病のインスリン治療に本薬剤を追加することも理論上は、2型糖尿病と同様に、有益な効果が得られるのではないかとの期待のもと、現在いくつか臨床試験が行われています。そのうちの1つ(ダパグリフロジンという一般名の内服薬です)の結果がADAの開催中にDiabetes Careという、アメリカ糖尿病学会が発行している糖尿病関連の臨床系雑誌に発表されました(http://care.diabetesjournals.org/content/early/2018/06/21/dc18-0342.long 英語です)。この中で良いニュースは、HbA1cが0.5%以上下がった患者さんは、低血糖の増加がなく下がり、CGMでの標準血糖範囲内(72~180 mg/dl)にあった時間が44%(3時間位のようです)増えたとのことです。しかし、悪いニュースは年間で5%の患者さんが高血糖あるいは正常血糖を伴ったケトアシドーシスを起こしたことも報告されました。本臨床試験は糖尿病を専門とした施設が、被験者をとても厳重に管理しながら遂行した上で得た結果であり、現実世界のアメリカでは多くの1型糖尿病患者さんは非糖尿病専門医によって管理されていることから、現実世界でどういうことになるか憂慮すべき問題の1つである、ということが学会のシンポジウムでは指摘されていました。そして、日本人1型糖尿病患者はヨーロッパやアメリカの患者さんよりもBMIが低く、かつ本薬剤はやせている患者さんの方が相対的に多くのブドウ糖の排泄がなされる(日本人のデータがあります)ことから、よりケトアシドーシスに陥る可能性が高いのではないかとも指摘されました。今後、9月に開催されるヨーロッパ糖尿病学会(EASD)などで結果が発表される現在進行中の他の薬剤の試験の行方も注目されます。インスリン注射も、内服薬も、両方毎日飲むのは大変だなぁと思う一方、コントロール良く楽しい人生を生きられるならば、それもありだと思える患者さんも沢山いるかと思います。
また、この学会では、同じ慶應の医局に所属しており、つぼみの会の顧問医でもある小谷先生とも久しぶりに再会し、日本の現状を教えてもらい、また一緒に色々な新しい知見やデバイスを見て、あーだこうだとたくさん話し、とても有意義な学会期間を過ごしました。